住職の日記

常識にとらわれる事は…

常識にとらわれる事は…

我々は生きていると「○○しなければならない」「○○でなければならない」と常識と言う物にかられ

心がそわそわしだし、時には荒波が立つことがあります。

しかし、それは自分自身がそうしているだけで、そのとらわれから脱却することができたら、元の穏やかな世界が取り戻せるのです。

その為には常識にとらわれず、正しく物事を見る事が大切です。

仏教の言葉に「本来無一物」という言葉があります。

我々が住む世界はもともと実体が無く空なのだから、執着することはないと言う意味です。

少し前、まだ情報が少なかった時代、「お金が無ければ負け組」という、ある一部の人の考えが蔓延して

あたかも常識のようにされていました。

しかし、今はネットなどが普及し、自分で様々な事を調べれるようになり、その世界は偏った世界だったと気付いたのです。

では、まるで常識のようにされていた物は何だったのでしょう?

ただの妄想です。

この世は無常であり、全ての物はサラサラの砂のようなものなのです。

後は少しの水分(縁)で、形が作らているだけなのです。

だからこそ、常識にとらわれず、縁を大切にして、自分がこの世を仏の世界(心安らぐ幸せな世界)にすればいいのです。

常識にとらわれてしまえば、広い暗い海に溺れているような、苦しみの世界に変わるのです。

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