便利は不便?
新しく買ったスマホケースが非常に具合が良かったです。
横の持つ部分だけぶつぶつの滑り止めがあって、とても使いやすいです。
アマゾンで買いました。
ネット通販は非常に便利です。
豊富な種類と利便さは、駅前の一等地など比じゃないですね。
…しかし、ネットショッピングの一つどうしても埋められないものがあります。
それは「実物を触れない」ことです。
値段にもよりますが、高額なものなら、一度は試しに使ってみたいですよね?
それができないのです。
ということで、多くの方が家電量販店に行くのですが、非情なことに、実物を見て
アマゾンでこっそり買うのです、正に今、多くの店がアマゾンのウィンドウディスプレイになっているのです。
それは、働いている人からすると、たまりませんよね。
さんざん商品説明して、「あっそう」とお客さんが立ち去ってしまうと、もうどうにもなりません。
…一つ思うのですが、もう入場料とか取ったらどうでしょう?
その代わり、ありとあらゆるものを試しに触れるということで。
掃除機でも、どれくらいの吸引力なのか、カメラもどのくらい綺麗になれるのか?
などなど、すごい道具なのは知ってるけど、実際に触って、確かめる程確かなものは無いですよね。
まるで、電化製品のテーマパークみたいですよね。
私は、行きたいと思いますけど(値段にもよるけど)。
あと、TVでも携帯でもパソコンでもデジカメも、いろんな種類があり、一目でどれがどういいのか
なんて判断できる人はそんなにいないと思います。
そこで、自分の予算と、目的となどの状態を把握して、適切な機械を教えてくれる
クリニックみたいなサービスも面白いかもしれません。
だって、「自分に合っている機会が何なのかわからない」つまりこういう病なのですよ。
まぁ「そんなことで金は取れんよ」と思う人も多いでしょうが、、、。
しかし、その通りで世の中多くの人は、物とか形のない情報は「ただ」と思っている人は非常に
多いですが、それは誤りだと思います。「ただ」の情報も有るということです。
商売の商いは「行為」を意味して、「品売り」とは別なのです。
例えば、電子書籍とか、ネットでダウンロードする映画とかありますが
多少下がると思いますが、そんなに実物のものと、そんなには値段は変わらないですよね?
つまり、あの紙という「本」に本当に価値が有るのではなく、中の情報にあるのです。
もう現実的には、ネット普及率は本当にすごくて、品売だけでは難しいんじゃないでしょうか?
しかし、そんな便利な時代に、先ほどの様な不便な事もたくさん生まれているので
その「行為」こそ、我々人に取って、これからとても大切になるのではないでしょうか?
その「場」で体験できる「行為」はAmazonでは絶対にできませんからね。
さんざん、触ってもらった後は、Amazonで買ってくださいねと、すれば在庫も持たずに
価格競争もせずに、商いができるんじゃないでしょうか?
…何というか、今世の中はAmazonという形のよくわからない大企業に
物という物を吸い上げられた状態に思います。
その存在によって、ありとあらゆるお店に並んでいる、品の価値を無にしていくのです。
でも、反対にこれって仏の世界に近づいているように思うのです。
我々はありとあらゆるものが「有る」と強く思い込んでいるのです。
でも、世の中は「無常」という風が、その存在の全部を否定していくかのように
吹き荒れているのです。
その大嵐が過ぎ去ったあと、虚無感に苛まれて、絶望しそうですが
やはり、最後の最後に「方便」が残るのです。
このネット通販会社の存在は、我々自身に備わっている、方便をくっきりと浮き彫りにして
確かなものにする無常の風なのかもしれません。
しかし、その試練を超えた先に、物にとらわれない方便究竟の仏の世界が
広がっているのでしょう。
いずれ、「Amazonで快適に買い物する方法」というサービスが電気屋で売られる日が
来るかもしれませんね。