住職の日記

こんなありがたい話が無料なんです

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新緑をくぐり抜ける快い風を薫風と言います。

美しい新緑をくぐり抜けてくる風は、心の汚れまで除いてくれそうです。

我々の心はすべての中心であり、淀んだ心のフィルターを通った言葉や行動は

その汚れの様を写します。

逆に心が清らかであれば、行動や言葉にその清らかな様を写します。

心の汚れというのは言うまでもなく、煩悩であります。

では、その煩悩を如何に断つかという事に、考えが行きそうですが

それではあまりに極端で、もっと人間という物を理解しなければなりません。

人間の煩悩は生きている間は無限に湧いていくるものであるという自覚がまずは大切なのです。

そのどうしようもない事実をさておいて、解決など出来るはずがありません。

そもそも煩悩=悪いという認識自体がすでに視点が偏っていて、もう一つの視点にたてば

これをエネルギーと捉える事が出来るです。

従ってそのエネルギーと何を結わすか?が大切になるのです。

我々の行動動機は大きく分けて2つあり、一つは対価の為の行動で、もう一つは

行動そのものが目的の行動であります。

前者は、もちろん悪いことではなくとても大切なことですが、それがあまりに行き過ぎると

我々の真実である方便が錆びついてしまうのです。

どんなに美しい川を流れる水でもとまれば、淀みだすように、我々の心も濁りだします。

そして、その浄化方法が方便なのです。

ただ、先ほどの何かを得るための行動ではなく、その行動そのものが目的である行動を混ぜて行くことが

大切になるのです。

その行動そのものが目的という事は、好きでなければまず続けれません。

しかし、いくら好きでも、現実的には我々には普段の生活がありますから

自分の好きなことだけで生活を送っていく事はかなり難しいのも事実です。

従って先ほど申した通り、「すべき事」「好きな事」を並行していくことが大切になるのです。

この並行走行がこれからの時代更に重要になると思うのです。

遊び上手は仕事上手と言いますように、「仕事」「遊び」とON-OFFを区切らずに

どちらも真剣に取り込む事が大切になるのです。

遊ぶときはおもいっきり遊び、仕事の時はしっかりと仕事に集中する。

この2つの世界を行ったり来たりすることにより、フレッシュな心体を保つことが出来

相乗効果で、2つとも隆昌していくのです。

真言宗の宗祖である弘法様も、中高の祖の興教様も、このメリハリが非常に出来ておられました。

時には天皇のお誘いも断り、山に籠もり修行をするなど、徹底されておられました。

つまり、我々の住む世界は資本主義社会であり、それはつまり常に「これは何の意味があるの?」と

いう問に答えて行かなければならないのですが、もちろんそれは大切なことなのですが

あまりにも、その価値観だけに縛られてしまうと、余裕がなくなり、はっきりとしていると言えば

そうなのですが、「対価だけで動く人だなぁ」という事になってしまうのです。

しかし、資本主義の価値観は大切なのですが、この世に存在する真理に背向くことになるので

今度は、方便がサビつき、心が淀み、言葉と行動にそれが映りと、、、不具合が生じるのです。

このバランスは非常に難しいのですが、どちらもほっとけない生きていく上では大切な価値観なのです。

よって、資本主義を生きていく上で、その価値観から見れば何の価値にもならないことかもしれませんが

行動そのものを目的とする行動、つまり好きな事をする事が大切になるのです。

そうすれば、常に行動をしてますから、煩悩がエネルギーとして浄化されていますので

心に煩悩が宿る余地はありませんよね?

その人の発する言葉、取る行動は薫風の様に快いに決まっています。

つまり、薫風とは仏の囀りなのです。

こんな素晴らしい講義を無料で聞けるなんて、ありがたいことです。

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