雨にも風にも負けず
道端の彼岸花が散らずに燃え尽きていました。
彼岸花の花言葉の「情熱」に通りの最後だと思います。
彼岸花は赤い美しい花の様子ばかり目が行きますが
こうした、燃え尽きた様子も非常に価値が有るように思います。
前もお話したように、彼岸花は曼珠沙華とも言い、仏様の世界に咲く花と言われますが
反面、「地獄花」「死花」「屍花」などなどマイナスな連想もさせる異名も多いです。
ちょうど彼岸の時期に咲き、有毒でもあるからか、そう名づけられたのでしょう。
こうした毒を逆手にとり、畑や田んぼや墓の側に植えられ、もぐらやねずみなどから
守るために植えられ、今の「田んぼの畦道に彼岸花」と言う景色が作られたのです。
しかし、茎にはデンプンが大変多く含まれていて、この毒も水溶性であるために
戦時中は水に浸し、食料として食べられていたそうです。
そして、日本の彼岸花は受粉をしないので、つまり虫に蜜を「ただ」で与えているのです。
人からは「死花」「屍花」と呼ばれ差別されますが、それでも畑などの作物を守り、
時にはその人に自分の身を施し、虫にもただで蜜を分け与える。
そうした、偏見や差別にも影響されず、今日も自分の生きる道をただひたすらに最後まで歩む。
しかも、美しくです。
これは本当に仏の姿であります。
うわさ話、人の目、確かに気にならないといえば嘘になりますが
人は何しても悪く言う人は言います。
この彼岸花も、これだけ、見た目にも機能的にも素晴らしいのに、「屍花」であります。
何かすれば、「○○だ」と後ろ指をさし、何もしなければしないで、「何もしない」という
評価を得ます。
なら、多少悪く言われても、何かしたほうがいいのではないでしょうか?
そして、究極はこの彼岸花の様に、何事にも左右されず、さらに悪くいう人に対しても
施しが出来るようになりたいですね。
正に彼岸(仏の世界)花であります。
それを仏様がわかりやすく表して我々に教えてくださっているのでしょうね。
彼岸花の様に、最後まで情熱をもって自分のミッション全うしたいですね。