住職の日記

理屈で考えすぎると

理屈で考えすぎると

今時期のソラマメ。

まだ実が柔らかくトロトロです。

「長い時間考えた手がうまくいくケースは非常に少ない。」

<将棋棋士 羽生善治>

我々は決断の連続です。

決断とは何かを捨てることですので、慎重になるのもわかります。

しかし、考えすぎると言う事は、様々な考えが頭をよぎり、結果「選ぶ」という行動ができなくなる事があります。

「この選択したら○○はいいけど○○が大変」「こっちは○○はいいけど○○がダメ」「あーどうしよ?面倒くさくなった。」

様々な情報をいれ、長考すると、こんな感じに至ることが多いです。

行動に移る前に、考えるだけで終了してしまいます。

まぁこれも我々人間の心情ですね。

そこで羽生さんのお言葉にこんな言葉があります。

「直感には邪念の入りようがない。長く考えると言うのは道に迷っている状態なんですね。
「勝ちたい」とか余計な思考も入ってくる。だから、いくら考えても分からない時は、最初に戻って直感にゆだねることがよくあります。」


皆さんも経験あると思いますが、「あっ!これかわいい!」「おっ!これかっこいい!」「なんか雰囲気いい」と最初の印象で感じる事ありますよね?

この直感は考える間を与えられてませんから、自分の素直な気持ちと言えます。

しかし、「駄目だ、よく考えてからにしよう」と理屈で考え出すと、先程申しました通り、結局選択しきれなくなってしまうのです。

すぐに選ばなくてもいい物ならそれでいいですが、決断を今すぐにでもしなければならない場合は困りますよね?

だからこそ、最初のフィーリングを大事にする事が大切になります。

「これだから、こう」という考える間が与えられてない純粋な気持ちです。

理屈ではない、自分の「好き」という素直な気持ちです。

好きでもないことは、続けられません。

しかし、好きと言うのは苦になりません。

よく、あえて古い車やバイクに乗る方がいますが、当然故障も多いのです。

しかし、それを承知の上でもそれに乗るのは、それが好きだからです。

こういうのが好きな方はどれだけ新車の性能のいい車があっても、それが好きでないのなら、乗るのが苦痛になるのです。

論理的思考で考えると、「維持費がこれこれ」「自分のライフスタイルに本当にあるのか?」などとクラシックカーなんて選べないですよね?

この手の乗り物の購入動機は「乗りたい!」という直感に委ねたものが圧倒的に多いと思います。

自分で乗りたいと思った車に乗っていて不幸な気持ちになる人はあまりいません。

それは最初の「好き」と言う感覚にそったからです。

我々はこの世に幸せになる為に生れてきました。

ロジックで考えると言う事は、ある意味見返りを求めている事なので、あまりに度が過ぎると行動力を鈍らせ人生をつまらなくさせます。

行動しなければ何にも変わりません。

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