住職の日記

何故決めつけたがるのか

何故決めつけたがるのか

くちなしの花がいい香りします。

明日から7月です。

暑さ対策しっかりしましょう。

さて、我々はすぐに善悪決めつけたがる癖があります。

それは、何故か?

それは、どちらかに決めつけて、「考える」という事をしなくていいからです。

つまり、楽したいのです。

考えるって事はエネルギー喰いますから、できればしたくないのです。

したがって何か新しい事がでても「そんなもん使えないよ」と悪と無意識のうちに決めつけ排除しようとします。

逆に「そんな物古くて価値がないよ」と無意識のうちに悪と決めつけて、これまた排除しようとします。

共通しているのは、「学ぶ」というエネルギーを喰う行為をしたくないだけなのです。

「それが善悪なんてどっちなんて知ったこちゃねぇ、面倒なんだよ」という事が本音でしょう。

こうなると、確実に変わりつつある世の中と、ズレが生じ不具合が生まれてくるのは当然と言えば当然なのです。

話は変わりますが、船は航海に出ると、船底に牡蠣殻がたくさんつくそうです。

その結果、船足がガクッと落ちるそうです。

我々人間も生きていると、様々な知識、経験、実績などを積み上げていきます。

しかし、時にそれは船底の牡蠣殻同様に、行動が鈍くなってしまう要因になってしまうのです。

したがって、その牡蠣殻を落とす作業が必要になるのです。

この世の無常を受け入れ、善悪の存在を受け入れ、つまり謙虚になることが大切になるのです。

その謙虚さは、畏敬の念からから得ることが出来るのです。

ご自宅の神棚、仏壇など自分より尊いお方存在と生活することにより、自然と謙虚な心を保つことが出き、

そして、一心に祈りを捧ぐ事により、自我が離れ、自分の心についた垢(牡蠣殻)をかいくぐり、自分の本来備わっている清らかな心の存在を確認できます。

そうすることで、謙虚さを保てて、様々な物を受け入れる事が出来て

さらに、それまでの知識や過去の実績が経験となり、何かを決断する際に大きくそれらが役立つのです。

無常の世において、謙虚さを失う事はイコール不幸になるという事であります。

善悪決めつけたがり、行動その物をしないという事は、心の垢が溜まっている証拠なのでしょう。

人生は航海だとも言います。

快適な航海にする為には、牡蠣殻を落としましょう。

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