本日は当山の施餓鬼法要でした。
施餓鬼とはその名の通り「餓鬼に施す」ことであります。
「餓鬼」とはこの世から供養を受けられない方のことであります。
そうした方々を供養をし、そしてその尊い姿をご先祖様が見て喜び
ご先祖様の供養にもなるのです。
そして、この施餓鬼は何もあの世だけに当てはまることではなく
我々がいるこの現世にもそれが当てはまると思うのです。
つまり、困っている人を救うという助け合いの精神であります。
こうしたお施餓鬼とはそうした助け合う精神を学ぶ大切な場でも有ると思うのです。
このお施餓鬼の精神が現世にも浸透していけば、まさしくこの世は紛れも無く
仏の世界になるのだと思います。
お経や法楽器が堂内に鳴り響き、皆で香を備え施餓鬼をしている間
仏の世界とはこういうことを言うのだろうなぁと感じた次第でありますとともに
我々のいる世界は仏の世界と別々に存在しているわけでは無いと感じました。