住職の日記

今既に悟りなり

ハナミズキの葉が見事に真っ赤になりました。

鈴生りのりんごみたいです。

気づいたら、この間の日曜日に「立冬」を迎え、暦の上では既に冬です。

これから、何かと忙しくなる季節でありますが

どうか忙しさに感けて、体調管理怠らないようにしてくださいね。

…さて、先ほど申しましたように暦の上では立冬を迎えておりますが

これから紅葉が見頃になります。

「紅葉山川満 こうようさんせんにみつ」という紅葉に因んだ禅語があり

これは紅葉が山にも川にも満ちあふれている錦秋の様子を表していて

まぁ当たり前の情景を謳った言葉ですが、この当たり前の自然の風景が

そのまま悟りなのです。

我々日本人の宗教心と言うのは、文字や理屈で養ってきたわけでありません。

こうして、四季移ろう自然に密接に暮らしてきて、そこから「教え」を感じ

心を高めてきたと思うのです。

お空にはお天道さまが、山に宿る神様、木々の木陰から見守るご先祖様などなど

そうした、我々は「お天道様が見ている」「ご先祖様が喜んでいる」など言葉に表せない

圧倒的な大きな存在を傍に感じ、人として持つべき心を養ってきたと思うのです。

そして、それを、わかりやすく文字や言葉にしたのが「密教」なんだと思います。

この世界を大日如来に見立て、その中に我々衆生が存在する。

つまり、悟りの世界とは、今自分の置かれている、目の前に広がっているということなのです。

それを、弘法様は、自然に囲まれた場所で修行をされ、感得されたのです。

そして、自分がそれを「感じ得る」事が大切になるのです。

自然と我々人間が隔離されればされるほど、確固たる自我が芽生え

その自我は言うまでもなく「苦」そのものであります。

大自然の一部である人間が、いつの間にか、自分達の為の自然になってしまっては

そこに広がる世界は苦海そのものでしょう。

言い換えれば、我々は既に悟りなのです。

それを忘れている「だけ」なのです。

それを忘れれば、何かを得ても、何かを失い、何かが良くなっても、何かが悪くなる。

便利は不便の始まり。

我々は永遠にそんなことを繰り返していくのです。

ですから、何が問題、弱点、ではなく、既に悟りなのです。

それを悟ってから、何かをすることが大切なのです。

そうなれば、偏った価値観で悪と決めつけ、命を疎かにする「殺生」を

防げるのです。

問題点は、まず問題がある、なきゃダメだと思う心なのでしょう。

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