住職の日記

いくら素材がよくても


いくら素材がよくても

こんにちは。

今日はいい天気ですが、風が強いですね。

さて、ご飯食べようとして、おかずを見たらお皿の上に、にんじんがそのまんまおいてあったらどうですか?

え?何これ?ってなりますよね。

でも、このにんじんは無農薬で甘みがある高級なにんじんなのよ。

と言われても、いくら高級なにんじんでも、にんじんはにんじんでそのままではオカズにはなりせん。

このオカズは残念ながら、作りての心は感じられません。(なんとなく悪意は感じる)

キンピラにするか、煮たり、マリネにしてオカズに調理して欲しいですよね?

このままではご飯のオカズにはなりません。

いい素材を使っていても、そのままでは人に伝わらなかったりします。

という事で、その高級にんじんも勿体がない。

存在しないのです。

そのにんじんを一生懸命作ってくれた人に申し訳ないです。

素材も大切ですが、それを編集する人がもっと大切なのです。

その為には思いやりの心が大切です。

このにんじんの甘みを引き立たせるには、油で炒めてシャキシャキのキンピラにしようとか、マリネにして少しニンニクをいれて若い人でも食べやすくしようなど。

美味しく食べてもらおうと、人を思いやるといろいろな調理、工夫、編集がされます。

いくら素材が揃っても、思いやりの心が無い人が編集しても伝わらないのです。

若葉が風に吹かれています。

大分葉がしっかりしてきました。

新社会人の方々も社会に出て大分しっかりしてきたんではないでしょうか。

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