住職の日記

いいことだけ求めると…

いいことだけを求めると…

つばめが電線に止まってます。

これ、すべて今年孵ったつばめでしょうか?

旅立ちの日はもうすぐです。

さて、我々は「明日は良い日でありますように」とか「いつか幸せになりたいなぁ」と今ではなく

遠い未来に幸福を求める事が有ります。

辛いことや苦しみがある、この世界で我々がそう思うのは人としての心情でありますが

穏やかでないですよね?

「いつかは幸せに」ということは「今は幸せではない」と今に影を落とします。

そして、迷惑なのは「自分たちは不幸なんだよ」と周りも巻き込むことです。

別に自分はそう思っていなくても、「え?不幸なのか?」と周りまでどんよりしてしまいます。

「良い事の為に」「遠くに輝く未来の為に」わざわざ今を不幸にするのであれば

その良いこととか遠くに輝く未来なんていらない。そう思いませんか?

仏教には「好事不如無 こうずもなきにしかず」という言葉がありますが

いい事があったらそのことに執着をしてしまい、先ほど申しましたように、良い事を求めるばかりに

逆に不穏の日々を送るのであれば、良いことなんて無い方が良いということです。

確かに、幸運な事が起きたらそれは人の心情としては嬉しいに決まってます。

逆に不幸な事が起きたら嫌な気持ちになります。

しかし、いい事はもっと欲しい、悪いことは全くゴメンだと分別しだせば、それこそ苦の根源になるのです。

何故なら、この世は無常で良いことも悪いこともあるのは当然の事で

そうした分け隔てがあれば苦しいに決まってますよね?

従って、「あるがままに」とその日その日を大切にして感謝して生きていく事が大切になるのです。

善悪は常に一緒で、苦の裏に楽が潜んでいて、楽の裏に苦が存在しているのです。

そして、苦は何人も避けることが出来ないのです。

この世の真理を観念して、仏法という橋をかけ、苦を度す事が大切になるのです。

そうすれば、良いことが起きても狂乱することなく、そして反対に災難に見舞われてても

その裏の楽や幸福を読み取れ、大騒ぎすることなく心穏やかに生きていけるのです。

いいことだけを求めるのであれば、そんな事はありえませんので、捨てましょう。

いちばん上に戻る